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高齢化が進むニュータウンの人口構造

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少子高齢化の進展にともない人口構造と地域差は大きく変化していきます。エリアマーケティングでは、時代とともに変化する商圏構造を捉えていく必要があります。本コラムでは、国がオープンにしているニュータウンデータを用いて、1都3県にあるニュータウンの傾向を分析しつつ、変化する商圏構造とはどういうことかを解説します。

ニュータウンとは?

国土交通省によると、ニュータウンとは、都市の過密化への対策として郊外に新たに建設された新しい市街地と定義されています。国の機関や地方自治体が法的根拠(新住宅市街地開発法や土地区画整理法)に基づいてマスタープランを起案し、自らがデベロッパーとなって建設するものと、鉄道会社や不動産会社などの民間デベロッパーが任意に建設するものがあります。欧米におけるニュータウンとは、それ自体が自立した都市という意味合いが強いですが、日本のそれは都市部に通勤する人々の住宅需要の受皿として整備されてきた側面が強く、ベッドタウンという言葉と同義として捉えることもできます。高度成長期に豊かになってきた当時のニューファミリー世代の旺盛な住宅需要に応えるために都市近郊に整備され、その結果として起こったドーナツ化現象という都心部の人口が郊外に流出する現象とも重なっています。

 分析概要

まず国土交通省の数値情報に公開されているニュータウンデータをGIS(地図情報システム)にインポートし、1都3県の各ニュータウンの代表的な位置と定義されているポイントを中心に、半径500m圏を設定して、いくつかの統計データを集計・構成比化しました。そこから1都3県全体の平均値と比較し、地域別傾向を分析しました。それぞれのニュータウンは、当然施工面積も計画人口も異なりますが、同じ基準で比較するために一律500m圏で設定しています。

 ニュータウン分布と高齢者比率

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上の地図の青い点は1都3県のニュータウンの分布を表します。全国2,012カ所のうち、この1都3県には599カ所あります。図では計画人口数によって点の大きさを変えて表現しており、一番大きい点は東京都多摩市の多摩ニュータウンで約17万5,000人、次に神奈川県横浜市の港北ニュータウン(約9万2,000人)、千葉県浦安市(約7万1,000人)が続きます。

 ■高齢者比率が高いニュータウン

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人口総数に対する高齢者(65歳以上人口)の構成比を見ていきます。高齢者比率が高い上位10カ所を示しました。最も高いのは千葉県千葉市若葉区の大宮団地で、41%を超えています。Indexが2.03となっており、これは1都3県全体の平均値の2.03倍ということを表します。次に神奈川県鎌倉市の今泉台、神奈川県横浜市栄区の湘南桂台です。

 ■将来の高齢者比率

年齢別に将来人口を推計した「推計将来人口データ」を用いて、2015年の高齢者比率を算出しました。埼玉県比企郡鳩山町が1位、2位を占めています。2010年当時は鳩山NT3は29.2%、鳩山NT2は32.7%でしたが、2025年になると鳩山NT3は53.7%、鳩山NT2は53.0%に激増すると推定されます。先の湘南桂台は2010年当時でも38.88%と高かったですが、2025年には47.78%と予想され、高齢化がますます進展していきます。

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鳩山ニュータウン

将来ますます高齢化が進む埼玉県比企郡鳩山町の鳩山ニュータウンの現状を見ていきます。埼玉県のほぼ中央に位置している鳩山ニュータウンは、1970年代後半から開発が始まり、80年代前半に完成しています。当時は都心部へ通勤する人々向けのベッドタウンでした。綺麗に道路が一定間隔で整備され、整然と一戸建てが立ち並んでいる町並みです。

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上のグラフは鳩山ニュータウンの性年代別の人口ピラミッドです。左は男性、右は女性で、棒グラフは実数、折れ線グラフは構成比を表します。青い折れ線は鳩山ニュータウンで、赤い折れ線は埼玉県全体です。年齢構造が60歳代前半と後半に極端に偏っていることがわかります。

 ■時代背景と住宅構造

このように極端な人口構造となったのには時代背景と住宅構造が関係していると思われます。鳩山ニュータウンができた1970年代後半から80年代前半は、戦後の高度成長期(1954年~1973年)が終わり、人々が豊かになった時期です。都心部に勤めるニューファミリー世代の会社員が30代・40代になり結婚して子どもを持つライフステージに達しました。夢のマイホームを、ということで旺盛な住宅需要が生まれましたが、都心部の住宅供給は少なく、また価格も高かったため、その受皿として郊外にニュータウンが開発された歴史があります。

今から35年ほど前に、当時30代~40代のニューファミリー世代が、鳩山ニュータウンに持家一戸建てを購入し、終の棲家としたということでしょう。当時から現在まで人口の流出入が少ないため、35年たてば町もそのまま35歳年をとるということになります。当時は小さかった子ども世代も35歳を超え、ほとんどが親元を離れて独立しているでしょう。

また、持家比率が高ければ人口流入の受皿が少なく、親元を離れて独立する若者や、結婚・出産を契機に住み替えるニューファミリー世代が入ってこない、つまり若返りの可能性が少ないということでもあります。